虹 の橋のたもとに、まっ白い雲ででき たそれは大きなお城がありました。
そこは産まれる前の小さな子供たちが順番を待つ場所でした。天使さまのおゆるしが出た子供たちはつぎつぎと船に乗り、お父さんとお母さんのもとへ旅立つの です。
そんな中にただひとり、みんなと一緒に行くことのできない男の子がいました。
「ねえ天使さま、いいでしょう?ぼくも早くママに抱っこされたいんだ」
「だめだめ!そんなに汚れた服では船に乗せられないよ」
天使さまのいう通り、男の子の服はほこりに黒く汚れていたのです。
「あーあ、こまったなあ…。ママにこの服をお洗濯してもらわなくっちゃ」
男の子は、雲のすきまからそっと地上に降りていきました。

◆◆◆

少 女は今日もうすぐらい部屋の中でひ とりうずくまっていました。
母親の置いて行った食事は箸もつけられないまま、ドアの前で冷め切っています。
もうひと月ちかくも少女はお日さまを見ていませんでした。
(ごめんね…くるしかったよね………)
お腹を撫でながら少女はつぶやきました。
今はもういない、お腹の中のあかちゃん。
こんなに小さな命さえ、わたしはまもってあげられなかった。
ひととは違うこの体のせいで、あかちゃんは生まれられなかったんだ---少女はそう思い込み、
毎日ただただ赤ちゃんに謝り続けるだけの日々を過ごしていました。

「マ マ、どうして泣かないの?」

ふ しぎな声を聞いて、少女はふっと顔 をあげました。
すると、閉め切っていた部屋の中に…小さな男の子が立っていたのです。
驚く少女にかまわず男の子はちょっと怒った顔で白い上着を広げて見せました。
「ママが流してくれた涙でぼくらは服を洗うんだよ。なのに、どうしてママは
 泣いてくれないの?おかげでぼくはいつまでも生まれ変われないんだ」
口を尖らす表情とくせのある髪に、少女はある男性の姿を思い出していました。
「ママ…?あなたは…わたしのあかちゃんなの…」
すると男の子は、さも当たり前のことを訊かれたように頷きました。
「ママ、ひょっとしてぼくのことがきらいだったから泣かないの?」
「そんなはずないじゃない!!」
男の子の言葉に、少女はおもわず叫びました。
「だって…だって…」
…まわりの人たちを心配させてしまうから。
はじめのうち少女はなんでもないふうを装おうと頑張っていました。しかし次第に仮面をかぶり続けていることが耐えきれない苦痛となり、ついには誰とも顔を あわせられなくなってしまったのです。
「ぼくは、ママのおなかのなかでとっても幸せだったんだよ。
 あったかくて、ゆらゆらして、やさしい心臓の音をききながら…
 ぼくの時間がみじかかったのは、神様のくれた時計がすこし小さかったから。それだけだよ。
 ママはいつもぼくにあやまってばかりいるけど、そんな必要ちっともないのに」
そういうと男の子は、少女のよく知っているのとそっくりな笑みをうかべて言いました。
「だから、がまんしないでいっぱい泣いて」
「…あ……」
少女はふるえる腕を差し伸べて、男の子のからだをきゅっと抱きしめました。
「エヘヘ…うれしいな、ママに抱っこしてもらっちゃった」
照れくさそうに笑う男の子の服に少女の涙がつぎつぎと落ち、しみとおっていきます。
やがて男の子の服はまばゆいまでの白さを取り戻していきました。
光のつぶがきらきらと男の子のからだを包みはじめます。
「ありがとう、ママ」
そういうと男の子のすがたは、すっと消えていました。
少女は空にまわした腕もそのままに、いつまでも涙を零しつづけていました。


◆◆◆

カーテンを開くと、窓の外には雲ひとつない青空が広がってい ました。
あちこちのベランダに、白いふわふわのふとんが干されています。
少女は涙を拭いながら、ほっと小さく息を吐きました。
(…そうだね、こんなお天気の日には洗濯物もよく乾くもの)
クロゼットから制服を取り出し、しばらくぶりに袖を通します。

いつまでもこのままじゃ、あの子だって歩き出せない。
わたしも強くならなくちゃ。

決意を抱いて部屋のドアを開けた少女は、口のうちで彼の名を 呟きながら一歩を踏み出しました。


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